euro2004
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第1章 出発...リスボン到着

 なぜ彼はある種の読者から嫌われるのだろう?おそれながらも拝読すると、「自分は20年以上のキャリア を誇るベテランである」「自分は美食家ではないが美味しいレストランは数多く知ってる」「自分は年間200日以上も海外に出る旅人である」というスタイル で、「自分の感性に合わないもの」は良くないものであると断定している。
 この「断定」が嫌がられるんだろうねぇ… そもそも「エスタブリッシュメント」じゃない人から「おまえら日本人はだからダメなんだよ」とお上品とは言いがたい文体で「切って捨て」られたりしたらそ りゃ腹もたつだろう。
この前までシステムオタクでサッカーを見る楽しさから一番かけ離れた地平に居た彼に「暢気に食中心で」とかって言われたって同感できるわけない。サッカー のことを書けよ、美食評論だったら別に読むから要らないよ。
おまけに
バドワだってやん の、日本で買えない水を買えないってだけで「拘る」ってのも変な話だよなぁ・・・ 彼にならないように気をつけて書かなきゃ・・・ってのがこの旅行記のテーマであります。
良いもの、美しいもの、素晴らしいものを紹介し、比較論や片方を高みに置き、片方を低く見るという手法は避けなければならない。

 午前中で主な仕事をようやく終えることができた。サラリー マンにとって1週間休暇を取るという事は1週間分の仕事を案分しなけりゃならんという事で、それは休暇の前後の期間に振り分けられることになる。02年 ワールドカップで1週間の休みを貰って以来2年ぶりの休みだ。
とはいえ6月に取る休暇ってのは目立つことこの上ない。こうやって遠慮しぃしぃ夏休みを取るから金髪の作家先生あたりにバカにされるわけだな・・・
 13時間という移動の時間を非常に長く思い、なんとか快適なものにしようということで、用意するのが僕の場合は弁当と酒。電子レンジで温めた妙に熱かっ たり冷たかったりする機内食や小瓶の安ワインを恵んで貰うように飲むのがイヤなので、自前の弁当と酒を持参する。
 昔、伊丹十三さんのエッセイに「会員制の新幹線用駅弁」ってのがあったけど、それの飛行機バージョンを個人でやってるってわけだ。弁当の詳細は省くが、 酒は頂戴した吟醸酒が美味しく、大変良い気持ちになる。

 飛行機では寝られた人間が勝ち、という事になっている。僕も同行のKも弁当を食べ日本酒をしっかりと飲み、早々に眠りについた・・・
のだけどね、昼に「しばらくお別れの日本のラーメン」って事で食べた六本木
「一蘭」の秘蔵の唐辛子 タレ2倍量が体内で活動を開始していたんだな・・・
 実は休暇取得のためにかなりタイトに仕事を詰め、そのためかなり胃がやられていたわけで、そこに持ってきて辛いものを食べたもんだから腸が異常反応して しまったわけだ。有り体に言えば「下痢」、一度行くと数時間は耐えられるのだが、再び腹部激痛でトイレに立つ事計3回になった。それでもトイレ以外は寝て いたわけで、およそ8時間ほどは寝られたわけだ。やれやれ・・・

 トランジットで着陸した朝5時のパリ、やることもそんなにない。金を下ろそうと試みたものの、僕のキャッシュカードで金が下ろせないことが判明、フラン スのATMは3回コードを間違えると自動的にカードが吸い込まれる仕組みなので2回やってダメな時点で諦める。こっちゃあ到着次第アベイロに移ってオラン ダ対チェコ戦を見なきゃならん身で10時過ぎにのんびりやってくる係員を待ってるなんて暇は無いんだ。という事でこの時点で持参金額のみで勝負をかける貧 乏旅行であることが確定した。
 旅のパートナーはKとHとF、これに後からUとMそしてTが加わる事になっていて、リスボンの安宿を根城にあちこちと彷徨きまわるわけだ。 リスボン行きのAFでもしこたま寝て、いったいどのくらい移動に手間がかかったかも覚えていない、とりあえずいきなりリスボンに着いた。

 ポルトガルの人達はヨーロッパの経済先進国の大都市に多く 働きに出ている。パリやロンドンではクリーニング屋さんや家政婦さんが多く、建設現場でも多く見かける。「だから英語やフランス語も通じるんだよ」と友人 が言っていたが・・・ 空港からジョゼ・アルバラーデスタジアムに行くタクシーの運転手は英語がからっきしダメだった。空港にいるタクシーの運転手がそれじゃあまずいんじゃない か?
 ともあれ、ジョゼ・アルバラーデスタジアムに到着。「15ユーロ」と数字だけは英語で言いやがる。どんだけ走ったと思ってるんだ?ボルのもいい加減にし ろよなぁ〜
「空港で聞いたぜ、10くらいのはずだろ?!」
「荷物荷物!」
「荷物は一個1.5だろうが!」
日本語のガイドブックを差し、13だ13だと叫ぶ俺に根負けしたのか運転手が頷く。これでも大出血だ、と思っていたら小銭入れの中には1.5しかない。
 「おっさん、これしかないよ」
と10の札と一緒に1.5ユーロ渡すと文句も言わずに
「サンキューサー」ってあっさり引き下がったのには拍子抜けした。

 ぼくらは
スポル ティングリスボンのホームスタジアムに立っていた。緑と黄色で何となく市原を思い出させる(臨海じゃないよ、 カラーだけだよ)スタジアム は試合の無い日という事で閑散としており、スタジアム下のシネコンばかりが目立っていた。 スタジアム側のチケットセンターで予約しておいたチケット3試合分を受け取る。実はクレジットカードから引き落としがないので、実際にチケットがとれてい るかどうかは非常に不安だったのだ。
 おまけにアベイロに向かっているHの分もついでに受け取れた。彼のパスポートコピーでOKって事で、小さいながらも厄介な悩み事が二つも一気に解決。こ ういう作業は応対に出た係員が良い奴かどうかで決まる。今回は人の良い小父さんで助かった・・・
 スタジアム外のバーでKと二人ビールで乾杯。これでスペイン対ポルトガル、スウェーデン対デンマーク、ドイツ対チェコの3試合が確保された・・・おまけ にKからチケット代をもらい、手持ちのユーロが増える。飯にも酒にもとりあえずありつけそうだ、やれうれしや。
 宿はポルトガルサッカー協会の真裏、とはいえ前評判どおりの安宿、トイレとシャワーは共同で廊下に出なけりゃならん。英語のしゃべれる人は一人しかおら ん。
 ま、これも一生続くわけじゃないから良いかと言うことでとりあえず荷物を置いてアヴェイロに向かう。アルファという新幹線に乗って2時間と少し、例に よって移動は睡眠に充てる僕たちは窓外の景色を覚えておらず死に寝。

 アヴェイロの街はオレンジ色と赤のサポーター達に占拠された感じ、オレンジの数が圧倒的に多いが赤のチェコも負けてない。ここで合流予定のHとFに無事 出会い、パブリックビューイングをやっている広場でチケット交渉に乗り出す。今回の旅で唯一必要な「チケ乞い」行為だ。
 You need ticket! I need pussy!!! WAHAWAHAWAHAHA!!! などとオレンジのオバカサポーターどもにからかわれながらもチケ乞いしてると… 僕の前にジモPと思しき二人連れの女性が現れ、彼女たちに不要なチケットを売ってくださるとのこと。
 「いくらの席ですか?」
「カテゴリー2で55ユーロだから・・・50で良いわよ」 ハハハ(岩佐風笑い)因縁の決戦のチケットがいきなり定価割れっすか〜?ハハハ(岩佐風)
 Kのチケットも交渉で25%増しというまぁまぁの線に落ち着き、残りの二人と共に会場に向かう。 (この分じゃあいつになっても試合はじまらんぞ〜だんだん彼風になってきちゃった・・・) 2004/06/18&19


第2章 オランダ対チェコ

 スタジアムはPerson's(懐かしいでしょ?)の配色のような綺麗なものだった。バス到着現 場では市内のファンパーク以上の群集がチケ乞いに立ってお り、相場は150ユーロとの事。この決戦で定価の1.5倍つまり150ユーロ(日本円にして2万1000円)なんだから、高価といってもそうたいしたこと はない。日本のワールドカップ時が異常だったのだね〜

 スタジアムの様子はかなり神戸ウィングスタジアムに似ている。場内に入るといきなりオレンジの山 が 聳え立ってる。バックスタンドをほぼ埋め尽くしたオラン ダサポーターの群れだ。チェコサポーターはゴール裏のクルバに一角を占めていてなかなかに元気が良い。Fはチェコが絶対に来ると信じているのでチェコのユ ニを着ていったが、入ろうとした席がオランイェのど真ん中だったので係員に
「あーキミはこっちに来なさい」と言われてチェコサポの中に入れてもらったらし い。

 初っ端の花火を大外しして、ボウマに先取点を入れられて最初沈んでいた彼らも次第に元気になり、 2 −1からはイケイケ状態。おかげで僕も後で素晴らしいものを観、経験できたわけだ・・・ 僕の席はメインスタンドでペナエリアのあたり、しょっぱなのコラーの柳沢並みの吹かしたシュートやすぐ後のヤンクロフスキのしょんべんシュートは目の前で 見れたのだが、ボウマのヘッドやらファン・ニステルローイの二点目やらは遠くて・・・ 今、帰国して改めて録画テープを見直したら、あの日スタジアムで味わった感動以上のものを発見した。テレビにはテレビでの視点があり、スタジアムとのそれ は異なるわけだなぁ〜 それにしても、前半のスタムはコラーを完全に押さえ込んでいたのに、コラーは決していい状態じゃなかったのに、後半のあの胸トラップが最高に上手かった。 向きを変えて正確にバロシュの前まで落す。なかなかあの状態でできるもんじゃないが・・・ 僕の位置はバロシュのそのまま後方で、コラーの落とした球をワンバウンドでボレーシュートのお手本のように右足を振りぬいた。(中継で言うと、シュート直 後の三番目に流れたスローと同じ情景をみておりました) あの1点が全てを決めてしまったような気がする。あのシュートがミラン・バロシュを調子づかせ、得点王へと導き、チェコを無敗で準決勝まで導いたのだと思 う。

 もちろん、オランダはセードルフのフリーキックやヘイティンハの非常に美しい弾道を描いたシュー ト、ダービッツのポストに当るシュートなど前半から数多くのチャンスがあり、3-0にしておけば試合は終わっていただろうに・・・ 僕の周りは多分ポルトガルの企業席だったろうと思われる、ミーハーチックにオランダのシャツを着ている方が多かった。何人かは2-2になった時点で帰って しまったが良いのだろうか?諦めが早すぎるような・・・

  オランダのコアサポはゴール裏とバックスタンドに多く、2-1でロッベンを下げボスフェルトを投入した時に大ブーイングが起こった。「なぜ?」と思ったの だが、帰国して録画を見るとやはりボスフェルト投入後はサイドのバランスが悪くなっていた。彼らはそれを知っていたのだ。さすがに見巧者だなぁ・・・

  帰りのバスでアヴェイロ市内のファンパークまで。バスの中は熱狂とは言わないものの、それでもけっこう切り替えの早いオランダサポが歌っていた。チェコ人 達はさほど騒いでいない。駅前のカフェでフライドポテトと鰯の塩焼き(醤油持参)、バカリャウ(干し鱈)の戻した煮込みを肴にビールを何本か飲み、試合の ダイジェストを待つがポルトガルのテレビはごくあっさりと試合を流してしまい、きちんと振り返ってくれない。バロシュのシュートなんて僕は翌朝ホテルでよ うやく見れたくらいだ。 呑んでいるうちにチェコ好きFが帰還。小柄で俊敏な彼のそのユニは店内のオランダサポから賞賛を受ける。気がついたら店はほとんどオレンジ色で何人かのイ ングランド人と僕ら日本人。ポルトガル人は隅のテーブルでこぢんまりと「リスボンで飲んだ何か(by Master Card)」を飲んでいる。

  「この街にこんなに沢山の外国人がやってきたのはアヴェイロの歴史上始まって以来じゃないか?」とHが驚く
「少なくともこの店の歴史ではそうだろうな」と自分で落とす。

  夜12時に出るサポーターズトレインに乗り込む、ほとんど満席状態。サポーター共はビールやらワインやら様々な酒を持ち込んで相変わらず歌を歌いつづけ、 大量のアルコール分摂取による度重なる排泄活動でついにトイレが詰り、逆流を始めるという事態にいたってもまだ歌いつづけ飲み続けていたらしい。らしいと いうのは僕とKは相変わらず移動の時間を睡眠に充てているので騒ぎの中でイビキをかきつづけていたらしいのだ。僕らのイビキがうるさすぎたので彼らが歌っ ていたのかもしれないが・・・

  酔っ払い列車がリスボンに到着したが、酔っ払いどもの人数に対してタクシーが足りない。この辺は02年の日本の対応がいかに細かかったかが感動的に思い出 される。山手線が終夜運転だったよなぁ・・・上越新幹線は臨時便を何本も出したよなぁ・・・缶のお茶ももらったしなぁ〜 並ぶこと20分程度でタクシーが到着、空港でのタクシーを思い出し一瞬身構えるがこのタクシーにはメーターがついており最短距離と思しき道を通り済々と メーターは上がり到着次第僕らも済々と料金を払いナイトウォッチから鍵を貰い足を引き摺りながら階段を死に上がりしてベッドに辿りつき死に寝。  
   2004/06/19


第3章 酔っぱらい、リスボン滞在

 だー・・・ 良く寝た〜 若い方々には分からないだろうが、ある程度歳を取ると、長い間寝ていられないという状態になる。いやでも7時ごろには目がさめるとかね・・・(汗) でも、昨日の移動がやはり堪えたのか、堪えたな・・・かなり長い間寝てしまった。 それもそのはずで、考えてみると7時間飛行機、往路2時間半電車復路4時間電車だから、ほぼ半日以上移動してることになるなぁ・・・芭蕉並だ・・・

  それにしても、昨日のバロシュは凄かった、特にポポルスキと一緒なって右サイドから崩す時のスピードは凄い。オランダ守備陣は成す術もなくテレ〜っと一 緒に下がっていったもんなぁ・・・ロシツキも凄かったなぁ〜最後はダービッツにエイヤッとばかりに気合一発体を入れられたものの、DF3人引き連れて左の ペナエリアだもん、あれが引っこ抜けてクロス上がったら1点ものだったよなぁ・・・ あと、ネドベドってのはあんな風な献身的な動きというか明神みたいなあちこちに顔を出す動きもあるんだなぁ・・・凄いスタミナだ・・・
  などとあれこれ思いながらあぐらをかいて脇腹をボリボリ掻いていると、Hが
「起きてるなら俺の仕事を手伝え」とやってくる。
  完オフのつもりだから手伝う気 など毛頭ないが、他ならぬHが言うのだからイヤイヤながら起き出してイヤイヤながら髭を剃り歯を磨き、階下で彼と一仕事。
  全員でその後昼食に行く。 大衆食堂という形容がぴったりの店、表に面しているところでは焼き方のオヤジが鰯やら鱸やら太刀魚やら鳥やらソーセージやら色々なものを焼いている。日本 なら焼き鳥食堂ってところか・・・ 鰯の塩焼き、鳥の開きを焼いたものをまたソースで煮込んだもの、網焼きステーキ、海鮮リゾットなどコテコテと取り、あれこれとつまみ、鰯に醤油をたらした りステーキに醤油をたらしたり、鳥の開きのソースに芋をなすりつけて指までベトベトにしながら喰いンメーと言いつつビールもングングと呑み干し、兄ちゃん 今度はワインだ〜ワインくれーとオフのサッカーバカが炸裂して真昼間から盛り上がっていた。

  話題はもちろん昨日のゲームと今日の予想スペインが負けても得失点差で行けるくらいの負け方なんじゃねーかとかね・・・甘かったよ、俺は・・・(涙) いい加減腹いっぱいになって、それでも一人1400円ほどの勘定に満足して店を出る。スーパーマーケットでワインやらハムやらソーセージやら水やらを仕入 れ宿へ。 ここで更なる英気を養うため、シェスタなどという文化的な行事を行う事に決める。なんの、単なる昼寝だが・・・
   2004/06/20


第4章  ポルトガル勝利

  Hはポルトガルの白ワインが大好きな様子だ。 「いやぁ、美味いねぇ〜ほんっとに美味いよねー!どうしてこんなに美味いのかな〜」店の中ではウェイターのお兄ちゃんが愛想良くニコニコと笑っている。全 く人は親切だし、攻撃的な部分がほとんどないこの都市で、かつ宿も飯も酒も安い。
  いや、皆様旅行するならポルトガルですよ。チャンピオンズリーグのFCポルトとかポルトガルリーグのベンフィカの試合見て、ご飯をいっぱい食べて、イング ランドの半額で済むね。
  リスボンの裏町、何処にでもありそうな大衆レストランのワインリストは貧弱で、ビーニョベルデ(緑ワイン)と呼ばれるほぼ新酒に近いその白ワインは香りは ひたすら爽やかで実にすっきりと喉越しも良く、後口はすっと丸くおさまるような絶妙のバランスを見せているのだ。
  東京から飛行機で十数時間揺られるとこんな別世界が待っている。陽光と爽やかな風、そして普通に焼いただけの鶏にほどよく冷えた白ワイン。
  「こんなのを一瓶800円くらいで呑んじゃったら東京で飲めないよねー」 Hは妙にテンションが高い。Hだけではなく僕たち皆のテンションが高いのだ。

  今日の試合のことを思うとテンションが高くなるのはあたりまえだろう。 ポルトガルは今日負けるわけにはいかない。
  1勝1敗で迎えたグループリーグの第3戦は優勝候補の呼び声も高いスペインとのリベリア半島ダービーだ。
  必死の戦いになる。
  初戦のギリシャを落とすという信じられないミスを犯したポルトガルは態勢を立て直してロシア戦を迎え、ようやくこれを下した。一方のスペインはロシアを 破ったものの、ギリシャには勝ちきれず1-1の引分けに終わり、1勝1分けでギリシャと同率ながら総得点でギリシャに次いでの2位だ。
  しかし・・・ この決戦の日にここリスボンの人たちの顔に焦りの色や苛立ちが顕れているわけでもなく、初戦に惨めな惨敗を喫した代表チームの選手達のけつを蹴り上げてや ろうという意欲も見られない。逆に追い上げられるべきスペイン人のほうが赤い布を纏いはなやかに騒いでいるのだ。
  リスボンのメトロでアヴェニーダ駅から緑の線に乗り、カンポ・グランデまで。なんともゆっくりとした時間が流れる。依然としてこのユルイ雰囲気はいったい なんだろう?普段の休日と変りないではないか。
  駅を下りた瞬間からスペインサポーター達の大きな歌声に包まれた。 エスパーニャ!エスパーニャ!と叫ぶその声は自分達のサポートするチームの勝利を信じて疑わず、一方のポルトガル人たちはそのうるささに首を振りながらそ そくさとスタジアムに入っていく。
   「とりあえず試合前の時点ではスペインの圧勝だな」 ポルトガルの人たちが無料で配るさくらんぼを口に放り込みつつ僕はKとそう感想を述べあっている。

ポトゥガッ!ポトゥガッ! 何人かのポルトガル地元民が席を立って応援し始める。全体の動きとは別に、マフラーを振りかざしながら叫びつづける。それはとてもプリミティブな応援方法 だ。選手に届こうと届くまいと、後ろの席のやつが迷惑であるかどうかなど斟酌せずに…
  私たちの席は英国協会からの割戻し分という事で、周りにも多くのイギリス人が観戦している。彼らは自国が絡まない限り、実に静かに試合観戦するものだ。
  前半はポルトガルが優勢に進める。しかし、スペインの消極姿勢が気になる。ラウールはどうしてボールに絡まないのだろう。乗らないスペインチームの中で坊 主頭のフェルナンド・トーレスが渋くチャンスを作るものの決めきれずにハーフタイムを迎えた。
  前半終了時でロシアが2-1でギリシャをリードしているという情報が入る。 スペインは引分けを狙いに来てしまったのだろうか?
  試合の最中に何度も何度も「ナイジェル・ハリー、ナイジェル・ハリー係員に連絡を!」というアナウンスが入る。この熱戦に釘をさすように何度も何度も。 「スペインに『2点以上取って負けなきゃダメだよ』って暗号じゃないのかなぁ?」私がFに伝えるとややウケた。
  それにしても、あのアナウンスは何だったのだろう?
  ナイジェル・ハリーとは誰だ?

だれた展開になりそうな後半10分過ぎに、世の中から忘れ去られようとしていた童顔の長髪FWヌーノ・ゴ メスが決める。見事 なまた抜きシュートがゴール左隅に決まり、彼は英雄となる。
  この瞬間にスタジアム中のポルトガル人は一つになった。 いっせいに全員が立ち上がり、ポトゥガッ!ポトゥガッ!と繰り返すその様はまるで02年の韓国のように…試合前のスペインサポーターのあの勢いはすっかり ポルトガルの赤緑に飲み込まれてしまっている。
  スペインはようやく目を覚まし、ラウールがフリーでヘッド、フェルナンド・トーレスが抜け出してシュート。ことごとくモノにならない。
  交代選手登場、しか しバラハにルケ?バレロンはどうしたんだ?モリエンテスはなぜ出てこないんだ?このままじゃダメなんだぞ、わかってんのか?負けてんだぞ!
  CBにかえてよ うやくモリエンテス登場。ラスト10分だ… FWを何枚も入れても見えるのはフェルナンド・トーレスくらいか…いったいラウールはどうしちゃったんだ?
  最後にポジションを捨てて上がるカシージャスの決然とした姿が美しかった…

  試合が終わり、僕は地元テレビ局の係員から「スペインとポルトガルで行けるんだよ」ということを聞いて一瞬は喜んだのだが、しかしそんな事が起こるわけも なく。
  スペインは帰国後にVTRを見直しても、破れるべくして敗れ去っていった。

 スタジアムは当然お祭り騒ぎ、外に出ると、Fが「おとなしい渋谷みてぇだな」と呟いたように、テレビを 見ていた人々が次々に街に出て来ている。ポトゥ ガッ!ポトゥガッ!ポトゥガッ!ポトゥガッ!ポトゥガッ!ポトゥガッ!
 マフラーや国旗を巻いた人々は若者に限らず中年男女も老人も、通りに出る。おりしも 夏至の1日前だ、来る夏を寿ぐ祭りであるかのように歌いながら通りを練り歩く。
 僕たちは観光客相手の通りでシュラスコと書いてある料理屋に入った。ブラジルのシュラスコと違い、鶏の丸焼きが串に刺さってグルグルと回っている。する と、シュラスコとは串焼きローストの事なのだろうか?
 とりあえずその美味そうな鶏と赤ワインを頼む。給仕がきちんとテーブルセットをするここはちゃんとし たレストランだ。
 赤ワインもタンニンに拠る渋さとアルコール分によるこくと多分グルナであろうセパージュの味わいが良いバランスになっており、鶏の味の濃 さと炭火で焼けた皮がパリパリになっている美味さと混じりあい、渾然となった美味が記憶中枢に残る。鶏を名物にしているレストランだけのことはある。
 二日目の夜ともなると、すっかりリラックスして周りの人々を見ることができる。歴史的(対スペイン戦の勝利は23年ぶりだそうだ)な勝利にもかかわら ず、街はどこか醒めていて 、大騒ぎする人々を眺めている別の種類の人々が居ることに気がつく。
 こういう人たちがいるということが「サウダージ」(郷愁)というヨーロッパのほかの国で はありえない、まるで日本的な感情を生んでいるのだろう。

 「しかしこれもいつかは終わる。」
   2004/06/20


第5章  決戦前

 ある程度以上の年齢になると、朝が早くなるのは避けられないのだ。(僕は何度も年寄の早起き の言い訳をしているようだ)

 持参したサッカーボールに空気を入れ、Kと二人で散歩に出る。 なんということだ!あの歴史的な勝利にもかかわらず、昨日の余韻はどこにもない!
 人々は普通に街に出て出勤しているし、華やかな雰囲気はどこにもない。ポ ルトガルサッカー協会の建物もまるで普通の状態だ。
 その広場から少し先に行ったあたりに、広い空間があった。多分、昔シネコンだったところなのだろうが、建物の多くは今は使われている形跡もなく、ガラス も 割れ扉は閉鎖されている。廃墟だ…東京で言えば青山通りのすぐ裏手にあるシネコンが廃墟になっているという風情だろう。そこの駐車場だった場所で30分く らい丁寧にパス練習をする。 汗が出て、少し暑くなったところで、その廃墟の中でまだ営業してるレストランに入る。
「おばちゃん、こんちわ」
「まだやってないの、昼からよ」
「コーヒーできるかなぁ?」
「コーヒーくらいならね」
 座るように手で指してエスプレッソを淹れてもらう。やはり日本のどこのコーヒー屋と比べても濃い。フランス語で言うとビアン・セレってやつだな。砂糖を たっぷりと入れ一口飲み、風が汗を乾かしていくのを感じる。
 今日はイングランドの日だ。
 ジージャンの胸ポケットのフラップに02年ワールドカップ、埼玉で買ったEngland Supporter's Clubのバッジをつけていると、そのセントジョージズクロスを目ざとく見つけるイングランド人から、すれ違いざまに親指を立てて挨拶されたり、「勝とう ぜ!」と肩を叩かれたりする。これまでにかなり強い紐帯を感じているのだ。
 それが今日、勝たねばならないクロアチアが挑んでくるのだ、そうだ!弾けよう、 田舎でも負けるわけはないさ〜♪
 今日はイングランドの日だなぁ〜 と思わず言うと、Kも頷く。

 宿に戻り、シャワーを浴びる。起きてきたFを誘い、ランドリーに洗濯物を出しに行く。おばちゃんは気のいい人で、リスボンにしては不当とも思えるほど高 い 1000円ほどの洗濯料金もあまり気にならない。
 「洗って乾かしといたげるから、お昼頃できるから、また戻ってらっしゃいお金はそのときで良いわよ」 お言葉に甘えて近くのカフェで朝飯を食べる。
 チョコレートクロワッサンとミルクコーヒーで200円ほどって安いですよね…んー、それにしても大丈夫なんだ ろうかと思うほど安い。絞りたてのオレンジジュースを加えても500円に満たない金額になるんだから。
 リベルターデ通りをルッシオ広場目指してあるく。スペイン選手がピッチに倒れている画像にポルトガルの女神だろうか、女性が踏みつけにして歩いている画 像 を合成して「サヨナラスペイン」と大きく見出しを振った新聞があるかと思えば、一般紙でもメッチャクチャカッコ良いヌーノ・ゴメスの写真を一面に掲載した 新聞がある。いくつか求めて散歩を続ける。
 しかし、スポーツ新聞ではやはりL'Equipe紙が一番だな、非常に細かくカバーしている上に予想スタメンもかなりの精度で正しい。さすがに50年以 上 の歴史を誇るスポーツ新聞だが、それがリスボンで入手できないのが辛い。
 一方で英国の新聞は国際版が朝から入手可能だ…という事でガーディアンを買い、 ゆっくりと予想するつもりでさらに散歩を続ける。
 ルッシオ広場に着いて驚いた。セントジョージズクロスがあちこちに…っつーか広場がイングランド旗とそれを張ったイングランド人に占領されている!
 リスボンの陽光のもとで「隙あらばすぐ裸になろうとするんですよ(ロンドン在住Y嬢談)」というイングランド人が大勢隙を見つけたらしく裸になってい る。 裸じゃないやつはアウェイの赤ユニを着ている。
 広場の一角に出稼ぎのイングランド人が店を広げているのを見つけ、早速見に行く。イングランド人が作るとサッカー関係の小物が凄く魅力的なものになる。 マッチディマフラーもスタジアム外で売っているものの方が魅力的で、しかも安い。 このオヤジもデカイ腹に短パンで「10Euro、Sir!」とか言いながらクロアチア対イングランドのできの良いマフラーを売る。スタジアム内のオフィ シャルものは20ユーロもするのに…
 噴水には洗剤が投げ込まれているのだろう。水面が泡立って盛り上がってる。ルッシオ広場の彫刻にまでセントジョージズクロスが巻きつけられている。 しかし、この日出会ったイングランド人の多くが極めて真面目な顔をしていた。僕らには祭りだが、彼らからは祭りどころではないという必死さがひしひしと感 じられた。
 クロアチア人は半ばイングランドを馬鹿にしたように、「次のイングランド戦に勝って俺達は決勝トーナメントに行くんだ」と言い放ち、イングランドの期待 の 星ルーニーに対しても「アイツをいじって紙を出させてやる」と挑発宣言まで出している。イングランドにとってはまさに絶対負けられない戦いなんだよ。

 洗濯物を受け取り、洗濯屋のおばちゃん推薦のレストランで定食を食べる。その店はホントに近所の勤め人が昼を食べにくるところで、家族経営の店だ。
 ウェイ ターの長男と思しきお兄ちゃんは非常にクールに「ちょっと待ってね」と客を捌く。6.5ユーロっつーから850円くらいかな、ビールとメインとパンとデ ザートがついてる。それでそこで食べたステーキが非常に美味しく、良いのかね?こんな金でこんな美味いもの喰っちゃってって感じ。
 KとFの食べた魚料理も 味付けが非常に日本的に美味く、街角の普通のレストランでこれほどのものを出すポルトガルの豊かさに感銘を受ける。
 昼を食べて1時間ほどシェスタ。
 良いな、この習慣…日本にも馴染まないかなぁ〜
 明日のデンマーク対スウェーデン戦の移動に使うサポーターズトレインの切符を引き取りに駅まで向かう。
   2004/06/21


第6章  イングランド勝利!

 この試合は思い入れ強いんだよね〜イングランドサポーター達も眦を決して臨んだ大試合だったからさ…
 まず、この試合のためだけに来たというサポーターがかなりいたこと。話をしてみると英国版弾丸ツァーってやつで、当日の朝来て翌日の朝帰るという人だ。 こ れに負けるとアウトって知ってるから、おだやかな話をしつつも入れ込んでる様子がありありと伝わってくる。

 地下鉄の乗り場からして凄い。人で溢れかえり、一般のポルトガル人が大迷惑だっつーのに大声で叫び、歌い、そして朝の中央線快速並にどんどん詰め込む。 昔、フーリガンが猛威を奮っていた頃は車両に乗り込むなりすべての電球を叩き割っていたらしいので、真っ暗闇の中を大音響で叫びながら疾走する電車だった らしい。恐ろしいですなぁ…
 一駅止まるたびにポルトガル人は中の様子を見て目を丸くしてる。で、肩をすくめて乗るのを諦める。バスはどうだったんだろうなぁ…バスも似たようなもの か なぁ…多分そうだ。
 
 スタジアムに着くとまた大変な騒ぎ。人込みを良いことにスリやら置き引きやらが跋扈してる模様。Kもケツに入れた財布に手が当り、危ういところで難を逃 れ た。この他には知り合いのご夫婦の奥さんのほうが胸から下げていたポーチの中の財布を掏られるなど被害多数。日本人はやはり狙われるらしい。

 ベンフィカのホーム、ルスのスタジアムの実に4分の3をイングランドサポーターが占め、それは壮観以外の何ものでもない。どこでもホームにしちまうイン グ ランドサポってのはホントに凄いなぁ…「ホームと思ってくれていいよ!」って唄があって、思わず頷いてしまう。
 その雰囲気に次第次第に呑まれ、僕はフランスに いるときも英国にいるときも違う国の国歌は一緒に歌ったことがなかったのだけど、この時のGod Save the Queenは歌ってしまった…不覚

 開始直後のイングランドはもの凄いチャンスを惜しくも逃す。サポーター達は余裕で「何点でも取れるぜ!」と意気上がる。ビールと芋で出来上がった腹の巨 漢 が腹の脂肪をたっぷーんとたゆたせながら坊主頭の上で拍手する様はなんとも…醜い…がしかしこれがイングランドのスタジアムだ。

 冬のほうが清潔感は増すと 思われるが…

 しかし、満員のイングランドサポーターをあざ笑うかのように、セットプレーからのこぼれ球をコバチが押し込んでクロアチア先制。しかし、イングランドサ ポーターはこの時とばかり応援、反撃を後押しする。 クロアチアの寄せが早く、イングランドも早めの展開を心がけている模様。このあたり、プレミアの試合のような感覚で,クロアチアはイングランドの注文に嵌 まったかなぁと思われる。
 イングランドはマークのきついベッカムのいる右サイドを敢えて避け、アシュリー・コールのオーバーラップを活かした左からの攻め を心がけている模様で、これが功を奏した。 惜しいシュートが何本もあり、クロアチアの反撃もそこそこありという前半終了も近い頃、しかしこのスピードじゃあ後半持たないだろうに…と思っていた頃 に、アシュリー・コールが左サイ ドを駆け上がり、ボールをキープ。
 クロアチアはそこに人をかけてしまったかな、中に戻されてそのとき全くフリーだったランパードにパスが渡った。ランパードからラスト パスが出て… そこから先はご存知のとおり。
 前半ロスタイムの逆転劇もランパードが奪って駆け上がるところから始まった。どうしてルーニーはあの場所にフリーでボールを貰えたのだろう?左手を振り 上げて 右足を振りぬく凄いシュートだった…

 後半のクロアチアはFWが前がかりになるものの、DFが引き気味で真中がスカスカという状態。イングランドの逆襲で上手くボールを繋がれる展開になって し まう。また、イングランドサポーターが小憎らしそうにクロアチアが攻勢になると「トゥットル♪トゥットル♪」といかにも小馬鹿にしたような歌で気勢を殺ぐ という上手さ…

 68分、反撃からDFラインの裏に抜け出したルーニーにオーウェンがラストパスを送った時点でクロアチアDFは諦めていた。最後までルーニーに追いす がっ たのはニコ・コバチだった・・・
 トゥドールの良くわからないヘッドからのシュートが決まっても試合の勢いは変らず、ランパードがシュートを打ったときも詰めるDFはいなかった。 イングランドの弱点はニッキー・バットが居なくなったときの守備的MFの不在。オーウェン・ハーグリーブスでは荷が重いのか、なんとDFのレドリー・キン グをスコールズに代えて置いた。
 この人材不足が後に影響することになるのだが…ジョー・コールはダメなんだろうか?一度も使われないところを考えるとダメ なんだろうなぁ…

 終了後は脱兎の如くスタジアムを飛び出し、それでも満員の地下鉄に乗りホテルに帰りインド料理店で食べる。割高であまり美味しくなかったのはちょっと残 念。

   2004/06/21

第7章 ポルト往復

 ポルト往復しなきゃならん。 この、「ならん」ってのがなんとかなんないかなぁ〜 休みに来てるのに「○○しなきゃならない」ってのはカンベンして欲しい。しかし、そうは言っても今日の試合はデンマーク対スウェーデンにせよイタリア対ブ ルガリアにせよ北部地域の試合だから移動しないことには生観戦は無理。
  デンマーク対スウェーデンは絶対に「当り」の試合だしね。
 列車の中のお昼用にスーパーで食料の買出し。パンとハムとチーズ、ビールを買いアポローニャ駅へ。

 駅の発券窓口でHが切符を買おうとするが、窓口のおばちゃんが非常にトロくて、30分余裕を持って 行ったのに順番が来たのは発車10分前。おまけに「もう間に合わないからこの列車のチケットは売れない」とか言い出すし… Hは適当に次の列車の乗車券を買い、予想通り発車の遅れた列車に飛び乗り、一緒に移動。彼は今日ポルト泊まりだそうだ。

 イングランドサポーターが掏りの被害に合い、追いかけたところ刺されて死亡っていうショッキングな 事件が起こった事もあり、列車内は軽武装の警察官の一団が警護。警護ってより護送かなぁ…なんか囚人列車みたいでヤダ。ビール飲むのも遠慮しちゃうし。 遅れて到着のUをまじえて、僕たちはガタガタの列車に揺られて数時間、ポルトに着く。
 後藤健生さんを発見!偉いなぁ…一人でサポーター列車で移動してるんだ。僕らは好きでやってるけど、職業ライターでこんな移動の仕方ってのは疲れるだろ うなぁ…。しかし、いつまでも視点にブレがないのはこのあたりの態勢を崩していないからだろうと思う。初対面のご挨拶を申し上げ、なぜデンマーク対ス ウェーデンが2-2だと良いのかという事をうかがう。

 その節はありがとうございました。

 試合開始までの間、とりあえずHの宿で休もう、休むことにしようと思ったら… 「泊まってない奴は出て行け」とのお達し。まぁ、僕らは泊まらないけどさ、荷物を置くくらいさせてよとお願いしたのだが、ポルトガルとも思えない強硬な姿 勢で退去を要求され、早々に退出。やれやれ…

 ポルトの町は赤かったり黄色かったりしたが、トラブルはなく叫び声もない。イングランド人のような 狂気じみた迫力がない分だけ街は平和に見える。
 地下鉄内で音声収録の後にスタジアムへ。

 実はかなり楽しみにしていた試合なんだ。 デンマークのサイド攻撃も好きだし、スウェーデンのあの02年ワールドカップ、セネガルとの死闘で見せてくれた華麗なサッカーも大好きだ。スウェーデンは 国歌もカッコ良いしねぇ〜 この二つの国のサッカーを見ていると、サッカーを楽しめるから好きなんだ。
 僕は事前にチケットを入手できていたのだが、僕にこの試合のチケットを売りつけようとしたダフ屋(彼らは彼らなりに鑑賞眼と批評精神を持ってるのだ が…)がこんな風に言ってきた。

「この試合はいいぜ、絶対だよ!もしお前がサッカー好きならこの試合を観るべきだよ。二カ国とも実力 が拮抗してる上に同じグループ、イタリアにそれぞれ引き分ける事ができるほど試合巧者だしな。この試合でどちらかの勝ち抜けが決まるから必死だよ。どうせ イタリアはブルガリアに勝つだろうからな…で、その試合をこのベッサっていう小さくても素晴らしいスタジアムで観れるんだぜ。良い席だよ、どうだい、買わ ねぇか?」
「俺、持ってるってば」
「ホントに持ってる?マジ?…じゃ、しょーがねーな〜。ま、ポルトでな」

 北欧の二つの国がグループリーグ突破をかけてぶつかる、それもポルトのベッサという素晴らしいスタ ジアムで…残念ながらひどい雨なんだが… スウェーデンは観ていて楽しくなる。ラーションの復帰がスウェーデンというチームにもたらした色は、ほんのダッシュかもしれないが、見事な煌きを見せてく れる。画竜点睛ってやつだな。若いズラタンを引っ張り、リュンベリを使い…しかし、雨だ。パスは強くなりトラップはそのおかげで大きくなってしまう。ス ウェーデンの方が攻撃的なチームなだけに、攻撃を急いでパスがちょっと精度を欠いたり長いボールになりがちだったりする。

 デンマークはボランチのグラベセンがすべての起点になっており、またこの試合では彼が効きまくりで 素晴らしかった。色々なところで指摘されているが、やはり日本のお手本とすべきサッカーはデンマークなんじゃないかなぁ…起点となる位置は0.5列ほどデ ンマークのほうが下がっており、その分DFラインも低いが、攻守の切り替えのメリハリが利いていて気持ちが良い。攻撃面を見るとサイドにグロンキアやロン メダールというタレントがいて、センターのサンドに当てる。トマソン以下が襲いかかるという図式だから、長身ポストプレーヤーが少ない日本人にはなかなか 真似ができないなぁ…

 試合の方は敢えて書くこともない。両方のチームが持ち味を出し切り、最後の最後にスウェーデンが必 死に喰らいついていったということだ。Fixedマッチじゃないかって話も出たようだが、試合を見て欲しいもんだ。こんな素晴らしい試合でそういうことが 起こっていたとは僕には考えられないのだ。

 試合終了後に大喜びの両国サポーター達と一緒に地下鉄に乗り込む。2−2!Ciao Italiaって歌いながらね。中心部についても雨は依然として降っている。サポーターズトレインまでまだ2時間近くあるのだが、Hの投宿してるホテルは 例によって「泊まってない奴を入れないよ」って事でKと二人、雨のポルトを彷徨う。
 ようやく見つけたスポーツバーでイタリアの結果を見て飯を喰い、タクシーで駅へ。 サポーターズトレインはかなりの日本人を含む失意のイタリアサポーター達を乗せて到着した。座ろうにも席がない… 4人がけを一人で占拠してる日本人と思しき人を起こして「申し訳ないんだけど」と言って2個席を譲ってもらう。
 僕は窓側で上手く眠れたのだが、Kは隣に座ったイタリア人のユベンティーノのおっさんにあれこれと話し掛けられていたらしい。
 なんでポルトからリスボンまで5時間もかかるのかは不明だけど、ガッタガタの夜汽車でとりあえず朝の5時ごろにリスボンに到着。タクシーを死に待ちよう やくやってきたのに死に乗り階段を死に上がりベッドに死に登りそのまま死に寝。
   2004/06/22


第8章 頑固なポルトガル人

 到着してからの旅程がハードだったのだろう。時差ボケってものが全くないまま五日目を迎えた。時差 ボケがないと遠くに来たという感覚がないので、なんとなくもったいない時間の使い方をしがちだ。
  今回の旅で言うなら、ほとんど観光らしい事をしていない。何かを見なきゃとかどっかに行かなきゃという義務感や焦りに追われて物見遊山というのも疲れる話 なので、とりあえず午前中をベッドの中でうだうだと過ごす。 ポルトガルのテレビで放送されているヌルイワイドショーを横目に、脇腹の掻爬を行ないながらKと会話。
「きょーどこいくー?」
「んー」
「なー」
「どこいこーか」
「じゃーユーロのファンパークでも行くか〜」
「んー」

 リスボン万博会場だった新開発地域の公園にEuro2004の実行委員会がFun Parkというスペースを作っていて、スポンサーがブースを出したり大画面を設置したりと様々なイベントが行なわれているらしい。
 地下鉄に乗りオリエンテス駅へ。新興開発地域のショッピングセンター内部の店の様子ははまるで六本木ヒルズそのもの。っつーか六本木ヒルズがヨーロッパ の再開発地域を真似たものと思われる。
 あ、そうだった俺はCamperの靴とReplayのジーンズを買いたかったんだ・・・多分ここなら売ってるだろう。また来たときに買おうって事で気合 いは入らないまま・・・

 Fun Parkの理不尽さは宇都宮徹壱さんも書いておられるとおりだ、テロ対策なのだろうけど警戒が厳重すぎて中に入れる人が少ない。Kのバッグに入っていたパ ソコンが問題になった。 このファン・パークのセキュリティの基準は全くわからない。
 何しろ「スタジアムに持って入っちゃいけません」って品物をそのままご禁制の品にしてるんだから・・・ そもそもパソコンなんてそのスタジアムご禁制の品リストにも入ってないんだ。 どーしてだめなんだよーいーじゃねーかよーってゴネてたら、事務所に通されて若いお姉ちゃんが出てきた。

 どうしてダメなの?UEFAが決めたから。何がいけないの?大きいから、中に何か入ってる可能性も あるし。
「何言ってんの!プラスチック爆弾はすっげぇ小さくできるし、コンパクトカメラくらいの大きさでこの建物全部吹っ飛ぶほどなんだぜ!大韓航空機事件の時は ラジオの電池大だったっんだよ!」
 やりとりを聞いていたセキュリティのごっつい兄ちゃんが大きく頷いてくれた。でも、お兄ちゃんが頷いただけじゃダメなようで、あまり俺がうるさいんでお 姉ちゃんはセキュリティの責任者を呼んできた。
「ぼくらは日本から来た単なる観光客で、彼は仕事の関係で常にパソコンを持ち歩いてる。だから今日も持ってきたわけだが、いったい彼がパソコンをファン パークに持ち込むことでいかなるトラブルが出来するのか、また何かの権利を侵害することになるのか?ドイツの空港も機内持ち込みに関して非常に厳しい規定 を設定してるがここは常軌を逸してる。例えばドイツの空港に倣って、パソコンが立ち上げられたら持ち込み可能とかそういう事にしてくれないか?」
 とまぁかなり長いこと捲し立てたら・・・
「ここにPCを置いて、我々に預からせてくれるなら君達は入って良いが・・・そういうことでどうだろう?」

 結局基準なんてないんだ。長玉のレンズはスタジアムではUEFAの権利侵害という事になるのだろう が、宇都宮さんは双眼鏡を取り上げられてボヤいていた。ぼくらはPCだし、別の時には古いデジカメを咎められたりした。別に訪れたときにお土産で持ってい た「お酢と油のドレッシングセット」はダメだってのはまぁわかるが、それを咎めた担当者は自分の足下に置いて「帰りに渡してやるよ」・・・
 人によって場所によって全く対応が異なる。しかし、どの係官もかなりコンサバティブで横柄だなぁ、これはひょっとしたら国民性かもしれないけどね。

 ってなわけで一騒動あって入ったファンパークだけど、色々なイベントがあって楽しかったよ。キック ターゲットにドリブルスピード競争、FKゲーム、シュートスピード(僕はインステップで113キロ、インサイドで76キロだった・・・最高は163キロ だって!)
 フットサルコートが2面とビーチサッカーが1面。 僕とKはイングランド人二人と組んでフットサルに挑戦。相手は地元の高校生らしい。
 いやぁ、寄せが早い・・・足技もあるしなかなか凄いものだ。僕らも点数を入れるものの、彼らにチンチンにされちまった・・・

 水辺に下りてデッキチェアでビールを飲む。カールスバーグがそこら中にカウンターを出していて、 ビールには事欠かないのがうれしい。その後左腕に簡易タトゥーを入れてもらい、スタジアムへ。

   2004/06/23

第9章 ブルックナーの意地悪

 カレル・ブルックナーという監督はプロだ。おまけに意地悪だ(笑)

  連勝で勝ち点6にしたグループリーグ最終戦、リスボンのジョゼ・アルバラーデスタジアムという大きな会場で、しかも宿敵ドイツとの対戦にも関わらず、当然 のごとくサブメンバーでスタート。これがプロの監督のやり口だろう。
 意地悪だというのはそんな中にあってトマス・ガラセクとマルチン・イラネクをキーストーンのように配置しているところ。
「ドイツの諸君、点が取れるなら取ってみたまえ」
 と白髪頭をゆっくりと振りながら、カリガリ博士のようなブルックナー監督はメンバー表を提示したことだろう。
 一方のルディ・フェラー監督は「絶対に負けられない戦い」にあたり、ケビン・クラニィのワントップにドイツ期待の新星バスティアン・シュバインシュタイ ガーをMFで起用。
 ブラジルの香りのするこのドリブラーはまだ若干19歳。2002年名門バイエルン・ミュンヘンでヒッツフェルト監督の目に留まりユースから早々にトップ チームに上げられた選手だ。こういう選手がU-19ドイツ代表にいるって事は凄まじいことだよ。今回はまるで良いところのなかったドイツだけど、ダイス ラーが戻り、シュバインシュタイガーのような選手が活躍するようになると、FWの枚数さえ揃えば再び列強の中に割って入ることもできるだろう。

 試合自体は特に詳しく書かない。ブルックナー監督の目論見どおり、ガラセクはバラック他のドイ ツMFにろくに仕事をさせず、イラネクは右サイドからのクロスや攻撃を封じている。

 僕の観戦ノートには「バラックの執念」とある。チェコにはろくに負けたことのないドイツだ、そ れもGKですらサブの2軍相手に点が取れないわけはないだろ うと攻撃し続ける。
 ブルックナー監督は楽しくて仕方なかったろうと思う。打つ手と出すメンバーが尽く当るわけで、負けても失うものはない上に勝てばこの先何年もドイツに優 越感を持つ事ができる。
 ハインツの見事なFKがゴール右隅に突き刺さったと同時にブルックナー監督は「勝てる」と確信しただろう。 引いて守る相手にドイツは手がない・・・
 シュバインシュタイガーの一人ブラジルを感じさせるドリブルも、全くの一人芝居になっちまって周りのリズムと全く合わない。
 後半になって投入したルーカス・ポドルスキもほとんど攻撃に絡めない状態が続く。

 一方チェコはガラセクを戻し、ウブシュマンを投入、これは更に守備的に行くと宣言したも同然。 中盤はヴァホウシェク(マルセイユ)、ティチェ(1860ミュンヘン)、ウブシュマン(スパルタ・プラハ)、プラシル(モナコ)という陣容だが、所属クラ ブを見てもわかるようになかなか玄人好みの渋い中盤だ。おまけに若い・・・
 前のハインツはスーパーサブ的使われ方だが投入されれば結果を残す。
 ちなみに普段はまったくFKを蹴らない彼が実に見事なシュートを決めたのもドイツには不運か・・・
 同点のままでドイツの攻撃を跳ね返し続けていたチェコだが、意地悪なブルックナー監督は更に意地悪になると決めたらしく、大会得点王ミラン・バロシュを 投入する。
「え〜!あれぇ〜?」
 ドイツ贔屓のKが悲鳴とも付かない溜息をつく。そりゃそうだろう。二人揃って対オランダ戦での本大会一番のスーパーボレーシュートを見てるんだか ら・・・ さらにしばらく後でポポルスキが投入され、得点は時間の問題となった・・・

 僕はこのチェコチームのポボルスキとバロシュのコンビネーションが今大会を通じて最も有機的に 機能していたコンビだと思う。オーバーラップ、ワンツー、フェイク、どれもきれいにぴたっとそれも超高速で決まる。これは見ていて素晴らしいよ。
 ドイツはクローゼを投入するが機能せず、そして終盤に電池切れとなっていたシュバインシュタイガーに代えてピッチに送り出す選手はイェレミースしか居な かった・・・

 試合後にやはりユーロに来ていた知り合いと一緒に観光客相手の通りで食事を取るが、この旅一番 の「高くて不味い」飯となった。美味かったのはワインだけ・・・ ちょいと悲しい夜でした。

   2004/06/23

第10章 リスボンの朝

 リスボン滞在も6日目だ。 朝起きて朝食を食べに行くカフェも定まる。
  もの凄い記憶力の親父がやってる店で、彼の前に立つと僕が何を食べてそれがいくらだったかを教えてくれる。それも瞬時に…日本には最近いなくなった職人タ イプの食堂のオヤジってやつだな。

 でも、この日のことはあまり書きたくないんだ。 生涯でただ一度、日本代表と同程度もしくはそれ以上の熱意を持って違う国を応援してしまい、しかもその国が最後の最後に負けてしまったのだから…

 僕は今でもあの時のスタジアムのイングランドサポーターに共通した茫然自失とした一体感を思い 出している。それは身体の中に常にあり、澱のように心の底に溜まっているけれど、何かの拍子に舞い上がり、しばらく僕の心を捕えて離さない。

 それは骨折してピッチを去る前に「俺、無理っす…無理みたいっす…」と両手を広げてベンチに訴 えかけているウェイン・ルーニーであったり、PKが決まらなかった瞬間に崩れ落ちるダリウス・バッセルであったり、左サイドのオープンスペースを駆け上が るアシュリー・コールであったり、渾身の力をこめて振り抜いた足の先が綺麗な円弧を描いたランパードのシュートであったり…そういうイメージだ。

 きりがない…

 朝は静かに明けた。
 決戦の日を思わせる空気はどこにもない。サポーターが多く集るルシオ広場に行けば変るかと思ったが、ルシオ広場でもこんな朝早くには何も起こらない。メ モラビリア売りのオヤジも
「昼になれば色々ロンドンから届きますんでね、旦那、昼頃に来てくださいよ」
 と手持ち無沙汰の様子。

 僕とKはバイロ・アルト(僕はこの地名を聞くたびにあのゼロックスのパロ・アルト研究所を思い 出してしまう。今もLANで使われているイーサネットは1973年!!!にこの研究所にいたメトカルフェが開発したものだ)に登る。
 リスボンで初めての観光的な散歩だ。高台から見下ろすリスボンの旧市街は「谷間の沢にできた街だよ」とHが言うように二つの丘に挟まれた狭隘な土地に成 立している。 夾竹桃がとても綺麗な花をつけていて、それに惹かれてしばらく見とれたり、教会の中のイコン類に目を奪われたりしながら昼を待つ。

 オヤジのツレがロンドンからイングランドを応援するための武器を持ってきてくれるのを待ちなが ら…

 ルシオに再び下りる。

 次第に自分の中のテンションが上がるのを感じる。 ウェンブレーで観た代表戦についてもこんなに早くからテンションが上がったことはない。

 02年代表のベルギー戦以来の感じだ、あぁ…あの日もKと一緒だったなぁ…埼玉スタジアムの上 を低空飛行で飛び去った自衛隊機が美しかった…

 マックで芋のフライを買う。ビールがない… なんとなく、口数が少なくなっている自分がいる。芋を頬張りながらコーラで流し込み、自分とともにルシオ広場のイングランドサポーター共の熱気がじりじり と上がっていくのを感じる。

 今からこれじゃあ困るな… この後のことは実は断片的にしか記憶にない。

 再び魚屋で飯を食い(素敵なヒラメだった) 合流したUとスタジアムに向かい(広場で仕入れたマッチディマフラーを取られちまったよ(苦笑)) スタジアム前の広場でTさんと会い、スタジアムに向かった。

 既に場の雰囲気と心の中のテンションは最高潮で… 一気に試合へとなだれ込んでいく・・・

   2004/06/24

第11章 ポルトガル対イングランド

 ルス・スタジアムのアウェイ側ゴール裏の最上段。
  もうほとんど天井近くの席だが、カテ2ながらピッチが良く俯瞰できる。 僕らの席の後ろにはポルトガルの家族がポルトガルユニフォームに身を包み、一列に座ってる。

 右隣にやってきたオヤジはイングランドのホームユニを纏った巨漢だ。150キロはゆうにある な…
「中国からか?それともタイ?シンガポール?」
「俺達は日本からだよ」
 オヤジは一瞬感に堪えたような顔をして
「俺は02年に大阪と札幌と静岡に行った。歓迎されたね、日本は素晴らしい国だったよ、ありがとう。」
 やや感動… この巨漢オヤジに大阪や札幌の人たちが親切にしてやったおかげで、遠く離れたポルトガルのリスボン、ルススタジアムの天井近くで僕がお礼を言われるのだ。
 うーん…単純にあちこちまで行き倒すサポーターが出会っただけじゃねーかという事も言えるのだけどね…
 「今日は勝とうぜ!」と親指を立てるオヤジ。 さて、世の中そう良い奴ばかりでもない。 僕らの前の列に陣取ったイングランドサポーターはイングランドサポの嫌な部分を寄せ集めたような奴らだった。他者に対する侮蔑的視線と侮蔑的言動、周りの 迷惑を全く考えない自分勝手な行動と排他的姿勢。隣のUはかなり苛ついている模様。
 僕だってこういう奴らとしか出会わなかったらイングランドを応援しつづけるかどうかは怪しいもんだが、今日のテンションはちょっと試合を楽しむって感じ じゃないから、こういう奴らでもイングランドを勝たせるために声ぐらい出せるだろう。
 でも、前に立たれると邪魔だな。
「なぁ、試合が始まったら座ってくれよな」
「えぇ〜!?」
「いや、えぇ〜じゃなくてさ、あんたが立つと俺も立たざるをえないからさ、後ろには子供もいるんだ。周りのことも考えてくれ。」
 不得要領と顔に書いて脹れっ面をしてるが、とりあえず言うことは言っておかないとね。

 さて、スタジアムがそろそろ埋まってきたのだが… これまでの試合と違い、イングランドサポーターとポルトガルサポーターが入り混じってる。両者の数はほぼ同数でスタジアム全体にちりばめられており、この 結果イングランド側の応援がほぼ同数のポルトガルの声に打ち消されるという滅多に起こらない現象が発生していた。
 たとえ少数でもまとまれば声は大きいというチェコやギリシャのサポーターの例を引くまでもなく応援はまとまってやりたいものだが…
 この光景を見たときにこれはポルトガル協会の陰謀ではないかと邪推したものだ。
 イングランドは準々決勝において初めてアウェイ状態を体験した。

 この試合をもって大会ベストゲームという人もいるのだが… 試合自体はそのほとんどをイングランドがコントロールしていて、「イングランドの試合だった」と言っても良いだろう。
 観ていた僕が唯一指摘したいのはイングランドの選手交代が、すなわち「閉店準備の守備要員投入」が早すぎやしなかったかなぁというものだ。57分にス コールズに代えてフィル・ネビル?!
 どうしてかなぁ…あのままスコールズで攻撃基調で行っても全然良かったと思うのだが… 代えるならオーウェン・ハーグリーブスでいって欲しかった。
 守備のできるMFがニッキー・バットの負傷により枚数が減ったという事でのP・ネビル投入だろうが、逆にバランスは大きく崩れたように思われる。
 試合を83分までコントロールしながら、「トッテナム・ホットスパーFCの控えFW(英紙ガーディアンによるポスティーガ紹介)」に決められて試合は振 り出しに戻る。それまでイングランドゴール前に1枚だったFWはその時点で3枚になっていた。

コスチーニャ⇔シモン・サブローザ
フィーゴ⇔ポスティーガ
ミゲル⇔ルイ・コスタ

 立て続けの選手交代すなわち攻撃的選手投入により、ポルトガルサポーターの声援ボルテージは 当然のように上がり続け、イングランドサポーターは逆に「頼むから守ってくれ!」と祈るような応援。
 攻守がところを変えてしまいイングランドのいまやお家芸とも言えるフォーリングバック(退却戦)が役に立たなかったわけだ。
 前の席のイングランドサポは時折立ちっぱなしで周りの顰蹙はかっていたものの、概ねおとなしく観戦。
 それも開始3分のオーウェンの素晴らしいシュートがあったからだが… 同点にされてからのイングランドサポーターは逆に選手を奮い立たせようと、猛烈に後押しをする。 「こいつらはイヤな奴らだけど、勝たせようとする熱意は凄いねぇ」
とUと話す。
 その声に後押しされて、イングランドは終了間際にソル・キャンベルが頭で押し込むが、その前にファウルがあったとしてノーゴール。

 イングランドではこの判定を巡って猛烈な抗議運動が起こり、ウルス・マイヤー主審の元には Death Threat(殺人予告)まで入り、彼は警察の保護下で何日か暮らす事になってしまったほどだ。

 延長戦になって初めて試合はスペクタクルとなった。ただ、残念なのはイングランドに中盤守備 から攻撃を組み立て、フィニッシュまで持ち込むタレントがいなかった事だ。

 僕はフランク・ランパードをどれほど評価しても過大評価ではないと信じるウェストハムサポー ターだが、それにしても枚数が足りない。どん引きのDF達からはなかなか攻撃や得点の匂いが感じられない。

 そうこうしている内に、ルイ・コスタが持ち込んでシュート。ボールはバーを叩いてゴール、抜 かれたのはフィル・ネビルだった…

 追いつくチャンスがあるならセットプレーと思っていたが、そのチャンスを確実にモノにしたの がフランク・ランパード。彼の美しいシュートのおかげでイングランドは首の皮一枚残して踏みとどまり、試合は2対2の引分けで終わった。

 終わったと書いたのは、PK戦は「次の試合に進むチームを決めるための予備的手段」であり、 試合自体は2-2で終結してるからだ。 僕の隣にいたオヤジはフランク・ランパードのゴールが決まった瞬間はもの凄い声量で脳の血管がまとめて何本もブチ切れるような喚声を上げていたのだが(当 然僕とは握手、前列のイヤなイングランドサポーター達からも握手を求められたが…)、その巨漢のオヤジが後ろや周りに
「いや、素晴らしい試合だった、ありがとう、ありがとう、ホントにありがとうな!」
 と言いながらポルトガル人達に誰彼構わず握手を求め、拍手をし(それも両手を額のやや上方前方に置いて左手の掌底を右手で被せるあのプレミア流の拍手 で)、ありがとうと素晴らしいとを連発しはじめた。
 それを見て、周りのイングランドサポーター達が同じ行動を取り始めた。ありがとうと握手や拍手が渦を巻き、ルス・スタジアムのアウェイゴール裏アッパー スタンドはそこだけとても暖かい波に包まれていた。
 イングランドのサポーターが見せるこういうちょっとした行動にはフットボールの良い部分が凝縮したりして、僕はそこに大きく惹かれてしまうわけだが…


 PK戦の結果僕のサポートしていたチームが敗れ、サポーター達は皆一様に泣きそうな顔でいや 実際に目を真っ赤にしたやつらが肩を落とし、旗を巻いて撤退しはじめる。 巨漢のオヤジに別れの握手を求めると、思い切り抱きしめられてしまい。少し当惑しちまった…
「また、会おう。さようなら」
 と言う彼の涙の量も半端ではなかったが…

 「もしも、日本が国際大会のグループリーグをこんな感じで勝ちあがって、決勝トーナメントで こんな試合をやったら、そして負けたら…涙を流す気持ちはわかるよね」
 試合後にFが言い、僕はこの言葉に全く同意する。

 イングランドは巷間言われているような、準備期間の不足やチーム戦術の無さとは無縁の非常に 良いチームだった。準決勝に残るクオリティは持っていた。
 ルーニーとオーウェンが織り成す攻撃のパターンは多彩で、ベッカムの正確無比のクロスは大きな武器だ。そのベッカムを恐れて1秒たりとも自由にさせてく れない右サイドに対してのオプションが左サイドのアシュリー・コールだ。
 この大会ベストな左サイドバックだったと思う。彼の対面はピレスであれ、モルナールであれ、クリスチャーノ・ロナウドであれ、全部止められていたのだ。 その上非常に切れ味鋭いオーバーラップで左サイドを崩す。

 中盤のフランク・ランパードとスティーブン・ジェラードのコンビはあと数年はもつだろう。こ れに取って代わる人材が少ないのが悩みかな。ジョー・コールやキーロン・ダイアーの成長が待たれる。じゃないとまたフィル・ネビルが出てきちゃうから ねぇ…(彼の姿はEuro2000のポール・インスに重なる)

 最後にタラレバで言えば…リオ・ファーディナンドがいればなぁ…

 そして、もしもイングランドがB組1位になっていて、ギリシャと当っていれば非常に面白かっ たと思う。ロシア戦を観ていると、ギリシャのDFは能力の高いFWの速攻に弱い。FWに前を向かれて少しスペースを与えるような事になった場合の脆さがあ の試合では露呈されていた。
 ルーニーとオーウェンが走り回り、左サイドをアシュリー・コールが駆け上がる。

 一方守備ではギリシャ得意のセットプレーをキャンベルとファーディナンドが跳ね返しつづける だろうし、なんたってギリシャの攻撃の要である右サイドからのクロスをアシュリー・コールが封じるだろうから、とても面白い試合になったに違いないのだ。

 そうなると、フランス対ポルトガルはポルトガルのものだろうから、準決勝はチェコ対イングラ ンド、ポルトガル対オランダという非常に魅力的な組み合わせになっていたかもしれない。

 未練は尽きないよ…破れるべきチームじゃなかったのだもの… 02ワールドカップ予選、キーガンのイングランドがハマンの一発で沈んで、キーガン辞任後フィンランドに引き分けたあのチームを、良くまぁスヴェン・イョ ラン・エリクソンはここまで作り上げたものだと思う。

 もう少し観たかったチームが去り、街はポルトガルサポーターが遠慮を残しながら騒いでいる…

   2004/06/24

第12章 ビーチサッカー

 美しく・激しいものを見た翌日なので、朝はゆっくりと起きた。

 昨夜KはFやHと盛り上がったらしいが、年老いた者は早くやすむものだ。 街は相変わらず昨夜のことなど忘れたかのような落ち着きぶり、かと思ったらやはり人々の様子にも少しずつ変化が現れている。
 通勤のお姉さんはスカーフがわりに国旗を首に巻いているし、何かしら赤と緑のものをつけている人もいる。
 僕ら一行は朝食後に再びFun Parkをめざす。あそこにはリスボンの日常にはない「フットボール」があり、非日常を求めるサッカー好き達がいる。
 って事で再びオリエンテス駅に、駅のショッピングセンターでお買い物などをした上で、昼食。その前にハムやチーズの美味しさを力説していたため、田舎料 理の店を探して入る。パンが数種類あり、クルミのパンと干しぶどうのパンがバターに合い旨い。ハムはあっという間になくなり、バカリャウ(僕らはどこへ 行ってもこの棒ダラから逃れられない)のコロッケは最後まで残った。
 ワインでいい加減ヘロヘロになり、Fun Parkへ。入り口でまたあれがダメだのこれがダメだのとうるさいったらない、そこをやりくってから空中サッカーに。ハーネスで体を持ち上げられてジャン プしながらのサッカーだが足にスポンジの靴、ヘルメット、ハーネスを装着してかなりの運動量になる。

 ビーチサッカーに向かったのだがこちらでもまたモメる。マスターカードの看板が外れたのでそれを直 すまでは入れないと・・・「半面でやらせてよ〜」とかゴネてようやく入る。しかし、こんなところ封鎖して何が楽しいんだろう?ポルトガルの人ってどうも保 守的というか融通が利かないタイプが多いと感じる。

 肝心のビーチサッカーはポルトガルの少年二人とイングランドからの3人組と日本人が入り交じる。イ ングランド人の長髪野郎がジャンピングボレーシュートを放つとボールは凄い勢いでネットを揺らす。
 間近で見るとジャンピングボレーってのは凄い技だなぁと呆気にとられる。何たってその瞬間体は真横に近く、空中にあるわけで、その一瞬後には体は地面に 落下しボールが空気を切り裂いているわけだ。

 日本人対英葡連合軍のビーチサッカーになる。日本チームはFがボールキープから一人かわして正面か らシュート、僕が右サイドに張っていてフリーでパスがもらえたので振り向きざまにシュート。

 2−0でリードしていたものの、イングランド3人組がすぐに本気になる。球際を競りに来る、こちら もキープを心がけるが簡単に放す傾向になる。パスが粗くなりセカンドを簡単に拾われるようになる。
 あぁ、サッカーをやる者全員が判ってるんだけどね〜判断は速く、パスは正確に、そして速く・・・できないチームから脱落していくわけだ。

 球際で僕はイングランドの短髪野郎(イングランド人は金髪の長髪、ジンジャーの短髪、坊主の3人組 だ)とスライディングで競る。砂にこすれて皮が剥けてしまったが、その時はそんなことに気がつかない。皮がずるっと剥けてしまうと治りが遅いんだ。今も左 足の甲にはその時のかさぶたが残っていて痛痒い、それが僕に残された非日常の置きみやげになってるわけだが・・・
 砂地に足が取られる。陽に晒された砂は表面が熱く、ざらっと足の指に絡みつく。
 Fがボールを持つ、走らなきゃコースがない。
 パスが砂地に勢いを失い、イングランドの坊主がインターセプト。
 詰めなきゃ、詰めなきゃと方向転換して追いつこうというときに坊主は逆サイドの短髪に良いパスを出す。
 あぁ、やられるな・・・あそこでフリーで持たれちゃダメだよなぁ・・・

 短髪野郎はKとの一対一を確実に決めた。

 というわけで僕はもうすっかり東京での仕事のことや人間関係やかけなければならない電話だとかしな ければならない接待だとか会いたくもない奴にあっておべんちゃらを言いながらお話をするだとか結果の判ってる会議に出て数時間拘束されることなんかを すーっかり忘れてた。ディフェンスとオフェンスのことしか考えてなかったし、何を食べるとか何を呑むかとか、試合前には誰がスタメンでどんな感じの試合に なるかって事しか考えてなかった。

 試合後はあいつはああだったとかあんな交代はないよねとか・・・昨日みたいにぼーっと腐抜けている こともあったなぁ・・・

 それも明日で終わる。

 今日の試合が生観戦の最後になるので、とても楽しみにしたいのだけど、フランスの試合運びを見る限 りどうも調子が良くなさそうだ。

 とはいえ、ギリシャには負けないだろういくらなんでも・・・

   2004/06/25

第13章 王国の没落

 美しく・激しいものを見た翌日なので、朝はゆっくりと起きた。

 この試合のことはあまり書きたくなかった。
 世界チャンピオンになり、ヨーロッパチャンピオンになるという華麗な戦績のチームが、その片鱗すら見せぬままにトーナメントから去っていったわけだか ら・・・

 でも、ちょっと語り草になるくらい酷い試合だったね〜
 前の日のポルトガル対イングランド戦は「ルーニーが残っていれば」「キャンベルの得点を審判が認めていれば」「ベッカムがPK決めていれば」「バッセル が外していなければ」等々、ればの多い試合だったんだけど、この試合のフランスに関する限り、一つしかないなぁ・・・
「ビエラがいればね・・・まぁもう少しマシだったかなと」

 ジダンが前線でマークされている時にプレーメーカーとしてパスを散らすことができるのはビエラだっ たのにね・・・ いや、それにしても戦犯探しなんて趣味じゃないんだけど、シルベストル・マケレレを頂点として、ほとんどのプレーヤーがスローモーションで動いているよう な、そんな試合だった。

 いったいなぜこんなことになってしまったんだろうね?
 まず、ギリシャの動きの質というか、基本に実に忠実だったという事は無視できない。 前にも書いたが、ギリシャの守備は守備のお手本。
「今日の試合は守備の基本中の基本だよね。決して飛び込まない(ボールを奪おうと飛び込んで、相手にかわされるようなミスをしない)って事と、必ず二人目 がサポートに入ってる。」
 Hの発言に全き同意をした上で、付け加えると・・・
 自分にとっての課題でもあるのだが、ギリシャの選手達は闇雲なクリアはしない。必ずパスコースが無いか、クリア以外の選択肢はないかということを常に考 える。そしてボールホルダー以外の全員がマイボになったとたんにフリーランニングとパスコース作りに一斉に動く。
 これは先進のサッカー戦術じゃない、基本中の基本だよね。
 ボールホルダーの周りには必ず二つのパスコースがあって、常にトライアングルの関係を維持する。それを90分間やりつづける意思と体力を持ったチームが あった。そのチームが勝たないのはおかしいじゃないか?
 やるべき事をやりつづけたギリシャにはご褒美があったわけで・・・

 次に、フランスの敗因のほうだが、これはもうプレースピードの圧倒的な違いというほかない。判断も 走るのもパスもとにかく遅い。おまけに
「これからジダンにパス出します。これから先何分間も、とりあえずジズーにパス出しつづけます」
 ってテレフォンパンチならぬテレフォンパスかますもんだから、インターセプトとマークの嵐。
 これで勝てって方がおかしい。

 いま、フランスでは8月中旬のガーナ戦に備えて新監督がジダンを入れるか外すかというのが大きな話 題になっている。ジダンだけじゃない、敗戦の翌日のレキップには「めくられたページ」と題した社説が載っていた。
 デサイー・リザラズ・ジダン・・・W杯戦士(韓国風言い回し)を追い落とすことでしかページはめくられないのか?今回の敗因ってその3人の選手のせいな のか? 違うだろう?

 サンチーニ監督が何を思っていたのかは知らないが、なぜ大事なトーナメントの前に代表監督の座を放 り出す事を発表するんだろう?
 多分イングランドのSUNあたりにすっぱ抜かれる事を恐れて、新聞より先に自分で発表しちゃったんだろうが、選手のモチベーションなんてのは考えないん だろうかね?
 おまけにデサイーを店晒しのキャプテンにしやがって・・・戦術なんてありゃしない、「戦術はジダン」で通用したのはせいぜい2000年までだ。
 フランスの退潮はレアル・マドリッドのリーガ4位のように明白だ。

 ともあれ、フランスは新しい代表監督を手に入れ、with or without ジダンでチームは進む。

 ギリシャはこれ以降のチーム力維持が課題となるが、ディフェンディングチャンピオンとしての矜持を 持ち続け、その無名な戦士の内から何人か(特に右SBのセイタリディス!)をJリーグに送りこんでくれればいいです。

 (ギリシャのサッカーは昔に見た東京のサッカーのようだった・・・堅守速攻)

   2004/06/25

第14章 休暇の終わり

 ポルトガルの暑さってのは最初の頃に強豪国敗退の原因に挙げられてたけど、暑さは両チームに共通のもの だ。(おまけに東京や重慶ほど暑くもなかったし)
  スケジュール問題も言われたが、チャンピオンズリーグは5月末に決勝だったものの、レアル・マドリッドとアースナル、リヨンとミランは4月1週にリーグか ら去り、デポルティーボとモナコも5月1週から姿を消している。
  僕はこの有力チーム揃っての早期敗退は各国の選手がユーロを念頭に置いたからじゃないかなんて邪推したほどだ。
 なんたって、4月とか5月の上旬からなら体調管理はできるだろう。
 一方で、リーグはヨーロッパ中のどの国でもあるわけで、これを言っちゃあダメでしょう。

 個人の才能が組織的動きを上回り、ベスト4まで残ったのはオランダくらいじゃないだろうか。
 チームがチームとして機能していない国は負けるべくして負けていったのだと僕は考える。

 ジダンのフランスが去り、ギリシャサポーターがそろそろ街に目立ち始めた朝、僕たちはファロに行くのを 諦め、初めての市内観光的な動きをしようと決める。
 地下鉄と市電を乗り継いで、「発見のモニュメント」を目指す。
 途中、のみの市が開かれていて、冷かしながら行くと、切手&コイン屋が店を出していた。
 サッカーのもの、なんかないの?って聞いたら1986年にメキシコワールドカップに出場した記念の銀のコインを出してきた。
「1枚15ユーロじゃ」
 っておっちゃんが言う。
 んっと、2000円ほど?買うかなぁ〜と迷っていたら
「2枚で20ユーロにしてやる、これ以上は下げんぞ」
 え?!1枚1500円ほどになるの?!ってんでKと二枚買う。
 サッカー関係以外のものは買わないのかね?俺達は・・・

 旅の途中から合流してきたM、Kと僕の3人は発見のモニュメントの下に立つ。大きな彫像がモニュメント を取り囲むのだが、多分街中にあったら凱旋門ほど目立つ大きなものだろう。河岸にあるので目立たないが、このダイナミズムは凄い。
 この彫像はポルトガルの大航海時代を築いた偉人達らしいが、僕としては是非ともバカリャウ捕りに出て行った船乗り達も加えて欲しいものだ。
 いつまでも見ていたかったので、河岸近くのレストランに入る。
 けっこうな豪華レストラン訪問だ。とはいえ、上着着てない、ネクタイしてないなどと難癖をつけられる事無く入店。
 中を避けて水際の外のテーブルで小海老の塩茹でを摘みながらビールを飲む。
 さっきその辺で取れたやつをそのまま浜で茹でたに違いない海老だ。塩味の具合と海老が含んだ旨みがメチャクチャ美味い。

 海老は5秒ほどで皿からなくなった。

 Mはバカリャウのオジヤ、Kは海鮮のリゾット、僕はポルトガル名物の「亀の手」を食べたかったのだが、 残念・・・品切れになったそうで置いてない。
 日本でも北海道あたりじゃ取れるらしいので、今度試してみよう。ポルトガル語ではペルセベスって言うんだけどね。
 店の人間がこれはシェフの得意料理だから絶対に美味いと保証してくれた舌平目のフライを取り、例によって信じられないほど安いワイン(レストランで一瓶 1000円くらいって凄くないですか?)を飲みつつ料理を待つ。

 Mはこのときの料理の美味さにポルトガル永住を決意したらしい(笑) 彼は時折多数の人と会わねばならぬ局面もあるのだが、
「なぁに、文句があるならリスボンまで来いって言っちゃいますよー」
 と屈託がない。

 しかし、舌平目は美味かった・・・ 魚の旨みをすべて身の中に閉じ込めて、さらに何か素敵なものを付け加えたようなフライだった。それに豆とトマトのペーストのようなこれも塩加減と味わいの 絶妙なソースがかかっている。
 たしかに得意料理だけのことはある、こんな魚料理は食べたことがない。
 いつのまにか店の中も外も満席で、しかも外には待っている人もいるようだ。
 ポルトガルに行ったなら、発見のモニュメント近くの水辺のレストランに是非!そのときは亀の手も忘れないでね〜 とりあえず、堪能して店を出る。

 快晴・・・ ワインの酔いも適度に回り、ボーっとしながら市電に乗る。
 この後は欧州最大級のバスコ・ダ・ガマ水族館を見て、大画面のパブリックビューイングを見るのさ♪
 そして、ライターのUさんと落ち合って飯を喰うって事になってる。

 欧州最大を誇るリスボンのバスコ・ダ・ガマ水族館(凄い名前だ・・・)は5階建てのビルの中心に巨大な 円筒の水槽を置き、周りに回廊をつけたという感じの、観客が水槽の周りを巡る水族館で、よくまぁ殺し合いが起こらないなぁって感心するほど魚が多い。で も、鱈はいないんだよねー・・・鮫はいるけど・・・
 あとはナポレオンフィッシュがのったりと動いておりました。

 ようやく観光客らしくお土産類など買わねばと、バスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンター(なーんでもバ スコ・ダ・ガマですねー)で様々なものを購入。自分用にはお隣の国の製品だけど、大好きなCamperを一足買った。やはりこれも日本の半額くらいだな。 ただ、僕の好きなIndustrial系が無く、オーソドックスなデザインになってしまったのは残念。

 大画面でオランダ対スウェーデンを見る。 Uさんがあちこちと撮る一方で僕はユーロ手帳にスタメン予想やら何やらを書き込む。
 隣のお兄ちゃんが話し掛けてくる。アクセントでイングランド人とすぐにわかるが・・・ 「なぁ、なにやってんだよ?」
「え、試合のメモだよ」
「んなもん作ってどーすんだよ?」
「後で東京に帰って家でビデオ見ながら読み返すんだよ」
「ふーん・・・」
 彼にとってはサッカーとは大画面でビールを飲みながら騒ぐためのモノなのかも知れない・・・

 「なぁなぁ、この試合の審判はあのイングランドの点を取り消した(マイヤーさんはこんな風にイングラン ドで言われてるらしい)奴なんだぜ〜!」
「え〜!?ウルス・マイヤーなの?一人が準々決勝2試合吹くかなぁ?」
 お兄ちゃんは胡散臭そうにこちらをしばらく眺め、そのうち消えてしまった。
 彼の話に乗れなくて申し訳ないが・・・

 試合はとても面白かった。凄く面白かった。
 野外の大画面で周りと一緒に騒ぎながら大声で応援するのは実に気持ち良く、スタジアムで見るのとは別の楽しさがある。
 ビールはカールスバーグの生だし、文句は全く無い。

 試合は急造右SBのオストルンドが非常に頑張るのが印象的だった。スウェーデンはラーション・ズラタ ン・リュンベリという3人に加えてあの02ワールドカップセネガル戦の1回転ターンからのシュートが目に焼き付いてるアンデルス・スベンションまで投入。
 両者ともに譲らない素晴らしい試合だったなぁ・・・終わったら声が嗄れていた。
 PK戦というのは仕方ないことだけど、スウェーデンはこれもここで消えるのは惜しいチームだった。
 PK戦が終わったら、右後ろにいたスウェーデンユニを着た背の高い兄ちゃんが黙って握手を求めてきた。ま、あんだけスウェーデンのチャンスで応援してい たらわかるけどねぇ・・・会場はオランダサポが7:3で多かった。

 前にFやH、Kと一緒に行った鶏屋を再訪。白に比べれば少し物足りない赤を飲みながらお話する。Uさん はこれから帰って原稿を書くというので「全然飲んでないっすよ〜」といいつつ、ボトルは空く。
 やはり、チームの約束事がないとダメだねーって事だけど、今日の試合は調子を上げてきたオランダが選手の能力の高さで組織力に対抗したよねーとか・・・
 右SBの好みが一致したって判ったのは帰って彼の記事を読んでからだったけど。

 翌朝は5時に起きタクシーで空港へ行くそういえばメーターのついてないタクシーは空港でスタジアムに行 くまでに乗った一台だけだったなぁ僕は機内で食べるためのハムやワインを買いここでもみやげ物などを見るがろくなものもなく時間は過ぎて僕らを乗せた飛行 機はパリへ着いたがパリの空港が実に味気なく思えて仕方ないパリからの機内もほとんど死に寝状態で過ごし特に寝不足という感じもなく成田に着く成田から NEXで東京にたどり着き地下鉄に乗り換え会社に直行しロッカーでイヤイヤながらネクタイを首に巻きそのまま日常に引きずり込まれて今に至ってる。

 リスボンのことはこれを書いている最中ずっと夢想していたし、今も夢想している。

 これからも事あるごとに思い出してはあの日々をFやHやUやMやTそしてKと一緒に過ごしたことを懐か しく 慈しむのだろう。

 Merci a tous, sans vous, rien n'aurait ete possible.

   2004/06/26&27

付録 バカリャウ随想

 ポルトガルで飯を食うたびに考えることがある。

 バカリャウとはいったいどうしたわけでこの国のテーブルに乗るようになったのか? フリージャーナリストの村上たまきさんの説によると
「バカリャウとポルトガルの人々を結びつける理由の一つには、9割以上がカトリック教徒という国民性がありそうです。お肉を食べないお精進の日のために考 え出され た様々な魚料理の“ホープ”(?)が、保存と応用のきくバカリャウだったというわけ。実際、クリスマスイブの食卓では今でもゆでた干しダラを食べる慣わし があります。」
 とあるが、僕はそうは思わない。

 9割以上がカトリック教徒なら、フランスもスペインもそうだし、イタリアだってそうだろう。で も、フランス人は魚をほとんど食べようとしないし、スペイ ンだって沿岸部では甲殻類や魚も食べるが、国民食ではないだろう。イタリアではバカリャウは見たことがないし、それに替る保存食が国民食となっているとも 思えない。
 なんたって干しダラですからね、固まった状態で売ってます。コチンコチン・・・ これを戻すのですよ、水につけて塩を抜きながら・・・
変だと思いません?沿岸部ではもっと魚料理があってもおかしくないじゃないですか?なんでわざわざこんな面倒なことになるものが国民食たりうるの か・・・?

 日本で言ったらなんだろうね?棒ダラかな?近いですね、京都ではおせちにも入れるしね。でも、 それは 国民食にはなってないよね。範囲を広げて干物ってのもあるけど、日本ではせいぜいが焼いたり戻して煮たりってやつで、ポルトガルのように家庭の数だけバカ リャウ料理がある。とも違うなぁ・・・

 バカリャウを保存食として考える。 そういえば、ポルトガルの沿岸では鱈は捕れないだろう?鱈ってあれは寒いところの魚じゃなかったっけ? と思って様々ググってみたら・・・
 ポルトガル人は、約500年前から現カナダ領のニューファウンドランド島へタラ漁に出かけ、長い航海の間、保存がきくようにと捕れたタラを塩漬けにし、 乾燥させて本国へ持ち帰っていたらしい。
 その後に、庶民の間でも安いタンパク源として食卓に取り入れられ、今ではナタール(クリスマス)の夜に食べる伝統的なメニューもあるほど、みんなが大好 きな食材だ。
 とまぁポルトガルで長期滞在したYukiさんが起源を語ってくれている。

 今ではわざわざノルウェーから輸入してまで干しダラにしてるらしい。実際この画像にある Jangaardはノルウェーの魚輸出業者らしい。遠洋漁業で捕ってきたタラを干して持ち帰り、それが国民的蛋白源になるような状態であったという事が推 測できる。

 日本でも、保存食であるという事を考えると、漬け物が各家庭毎にある国民食であるように、貧し かった 時代の遺産なのだなぁと思いを致す。
 イングランドやスコットランド、ドイツや北欧のサッカーファン(とそれ以外の人達)が冬になるとビタミン源を芋や肉にしか求められないように、ポルトガ ルでは漁船の持ち帰る干しダラが貴重な蛋白源だったのだと推測される。
 こちこちの塩ダラを戻して、さぁどうするか・・・各家庭の腕の見せ所、各地方の名物料理・・・となっていったのだろうなぁ・・・

 蛋白源を捕るための必要な行動が航海を伴う遠洋漁業で、その漁業で鍛えられた航海士や船員が大 航海時 代の幕を開いていくんだなぁ・・・
 バカリャウなくしてマルコ・ポーロなしってかぁ〜

 でも、ポルトガルの大地が痩せていて作物が取れないという事ではなかったのだろう。ローマ時代 からこ こは植民地で、ワインもできるがそれほど有名ではない(ワインの栓つまりコルクは有名)。
 ローマ人は作物のできるところには作物を植え、作物のできないような痩せた土地にブドウを植えたので、ボルドーのような小石混じりの土地のワインが有名 になったという事だから・・・
 やはり貧しくて蛋白源である肉が買えるほどの状況ではなかったという事なのだろう・・・
 昔の日本の農民がコメを作りながらコメを食べられなかったように、牛や羊を育てながらもそれらを口にできなかったのだろうなぁ・・・

 そう考えて、バカリャウを見る。戻したものをちぎったり、茹でたり煮たり・・・ ポルトガルのお祖母ちゃんやお母ちゃん達がああでもないこうでもないと知恵を絞って作っていった料理だ・・・

 遙かなる想いをバカリャウに巡らせながら、もう一杯緑色の爽やかなワインを飲む。

2004/06/23


付録 Euro 2004 ベストイレブン

 ユーロ2004のベストイレブンを書き出してみる。

GK: Ricardo

 RSB: Giorgos Seitaridas,  CB: Jaap Stam,  Ricardo Carvalho,  LSB: Ashley Cole

DMF: Frank Lampard,   Maniche,

OMF: Pavel Nedved, Aryen Robben, 

FW: Wayne Rooney,  Milan Baros

  優勝したギリシャからは右SBのセイタリディスだけ、でもギリシャは個人能力をチーム戦術でカバーして優勝まで持ち込んだチームだからね、その中で右のセ イタリディスは1対1に強く、しかもオーバーラップとクロスの精度も良い。大会を通じて手薄な印象を受けた右SB陣の中で僕はこの人を推したい。

  センターバックはいまだにスタムが第一人者じゃ困るかもしれないけど、やはりスタム。もう一人はチェルシーに移籍ということになったリカルド・カルバー リョ。この二人はスピードもカバーリング能力も優れ、特にスタムは空中戦に無類の強さを発揮した。

  何度も書いたけど、やはりアシュリー・コールは大会最高 の左SBだ。7番のDBが厳しくチェックを受けて右サイドが詰まっている中で左からの攻撃がイングランドの大きなオプションとなったが、それを可能にした のがこの選手。右と違って左SBにはかなりタレントがいたのだが、個人的な好みも大きく加えたい。
  このディフェンスラインはUefa.comのクリンスマ ンが選んだ4人と重なってますが、別にパクったわけじゃないっす♪

  中盤のバランスということを考えちゃうと、ロッベンが左に張ってる後ろにアシュリー・コールってのはないだろうね。アシュリー・コールの前が詰まってしま う。
 で も、あのロッベンの個人技は捨てがたいものがある。左サイドはロッベンが張り、ここぞという場面でコールがオーバーラップを仕掛けて敵のDFをズタズタに することだろう。

 ポルトガルからの中盤の選手はマニシェとクリスチアーノ・ロナウドとどちらにしようかを非常に 迷ったが、マニシェのあのオールマイティな 動きと的確な守備は捨てがたい。マニシェが中盤の底に位置すると、そのすぐ右あたりにランパードが位置する事になる。
 ランパードについてはもう前にも書い たので、しつこいから書かない。しかし、僕がベストイレブンを設定するならこの選手は絶対に外せない。
 ネドヴェドはトップ下から右サイドまでをカバーする。ギリシャ戦では不完全燃焼だったが、本当に美しいチームの美しいプレーヤーだった・・・

 FWについて、得点王のバロシュを入れる事に異を唱える人は少ないだろうけど、なんでルー ニー?って事になるのかもしれない。
 でも、彼も怪我をしなかった ら大会得点王の目はあったわけで・・・
 それにしてもイングランドをギリシャにあててみたかったなぁ〜ギリシャは才能あるFWの突破に弱いんだよ、マジで。
 中盤でボー ルを奪わないと、守備が1枚になったあのチームは脆いんだよ。
 ルーニーならデラス程度なら簡単にぶっこ抜いちゃうでしょう

 FWがこの二人だとポストプレーヤーがいないんで、どちらかを外してルート・ファンニステル ローイってオプションも作りたい。

 最後にGKはリカルド。あのイングランド戦の時の素手止めとその直後のPKゲットはちょっと狂 気じみた感じでGKらしくて良いなぁ〜。

第1章
出発...リスボン到着

第2章
オランダ対チェコ

第3章
酔っぱらい、リスボン滞在

第4章
ポルトガル勝利

第5章
決戦前

第6章
イングランド勝利!

第7章
ポルト往復

第8章
頑固なポルトガル人

第9章
ブルックナーの意地悪

第10章
リスボンの朝

第11章
ポルトガル対イングランド

第12章
ビーチサッカー

第13章
王国の没落

第14章
休暇の終わり

付録
バカリャウ随想

付録
Euro 2004 ベストイレブン

copyright hakkan (^_^;) 2004